ESG投資の新領域「海洋」はブルー・オーシャンか?

Source: 日経ESG

 前回は、今後企業に求められる情報開示項目としての自然資本に言及した。今回は、豊かな自然資本を提供する基盤でもある「海洋」をESG投資の視点から考えてみたい。

 先日、海洋分野の課題解決を目指すスタートアップを支援する北欧のアクセラレーターの方とお話しする機会があった。冒頭、「なぜ、欧州を中心にブルーエコノミー(海洋経済)への投資に注目が集まっているのか」と質問すると、詳細な回答の前に「私たちの生活は、こんなにも海洋からの恩恵をこうむっているのだから当たり前だと思っている。日本は島国なのにそうではない(海洋経済に注目が集まっていない)ことのほうが驚きだ」と返された。

 おそらく、注目が集まっていないというよりは、(特に)金融やビジネスの観点で「海洋が提供する価値が十分に理解されていない」という表現が正しい。脱炭素トレンドの中、洋上風力発電などには急速に注目が集まっているものの、それ以外の分野での経済、社会、環境の3側面からの海洋の価値への理解は、環境保全団体や研究者でない限り、まだまだ途上にある。

海洋経済の価値とは

 経済協力開発機構(OECD)が2016年に公表した『The Ocean Economy in 2030』によれば、海洋経済は「海洋関連の産業による経済活動」と、「海洋生態系が供給する自然資本・製品・サービス」の2つから構成され、それぞれが相互依存関係にあるとされる(注1)。その市場規模は10年から30年までに2倍以上に増加し、3兆ドルを超える可能性があるという。特に成長が期待されている産業分野は洋上風力、養殖・水産加工、造船・修繕だ。

(注1)現状、「海洋経済」の定義は各国、国際機関、業界団体によって多種多様である。

 だが、こうしたマクロな経済市場予測より、今私たちの経済がどれぐらい海洋に依存しているかを知るほうがその価値を理解しやすいかもしれない(図表1)。これらは一部に過ぎず、私たちが被っている恩恵のうち未知のものも多い。

図表1:世界は海洋に依存している

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出所:持続可能な海洋経済の構築に向けたハイレベル・パネル「持続可能な人と自然、経済に利益をもたらす海洋についての解決策」より、著者が一部抜粋して引用

コロナ禍の海洋経済

 海洋の恩恵に依存する経済は、新型コロナウイルス感染症拡大の影響をどの程度受けたのだろうか。図表2は「持続可能な海洋経済の構築に向けたハイレベル・パネル(注2)」が示したものだ。海洋経済に属す多様な産業における負の影響や複数の問題が絡み合っていることが一目瞭然だ。

(注2)2018年設立。主要な海洋国家首脳で構成される会議。ノルウェー・パラオが共同議長。参加国:ノルウェー、パラオ、日本、豪州、カナダ、チリ、フィジー、ガーナ、インドネシア、ジャマイカ、ケニア、メキシコ、ナミビア、ポルトガル

図表2:Interwoven Impacts of COVID-19 Across the Ocean

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出所:持続可能な海洋経済の構築に向けたハイレベル・パネル「持続可能で公正なCOVID-19危機からのブルーリカバリー(仮訳)」より引用

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 それぞれのつながりは次のような形だ。大打撃を受けた観光業の不振は、空運・海運といった運輸業にも影響を与える。観光客の減少は海産物の需要の減少となり、需要の落ち込んだ商品価格は下落していく。結果として、漁業・養殖業・飲食業などの従事者の収入は減少し、地域経済が縮小していく。さらに、観光収入に支えられていた沿岸保護活動に資金が充当できなくなる可能性もある。また、漁業監視の目が緩む中、違法・無報告・無規制(IUU)漁業が発生する。特に小島しょ開発途上国と呼ばれる、観光業で経済を支えているような国々では、ここに掲げたストーリーが現実となっている。事実、モルディブやセイシェルの20年のGDPは16%下落という状況だ。

  もちろん、様々な報道にあるように、人々の営みが停滞することで、主に環境面の問題が改善傾向に向かうケースもある(例:コロナ禍の中国やインドの大気汚染の改善)。確かに短期的には、観光業の停滞により、廃水・廃棄物の削減など沿岸の生態系への負荷を低減することができる。しかし、中長期的には観光業、漁業、養殖業、飲食業などの雇用と収入をどのように回復させるかの見通しの目途が立っていないのが現状だろう。

海洋経済への投資は広がるのか

 実は、コロナ禍以前から、海洋経済に対してESG投資が目を向ける潮流は少しずつ顕在化していた。例えば、欧州委員会などを中心に18年に設定された「持続可能な海洋経済のための金融原則」がある。同原則は、海洋の環境保護、調査活動、技術開発または、それらを促す投資活動を推進するものだ。UNEP FI(国連環境計画金融イニシアティブ)が同原則の推進のため、「持続可能な海洋経済のための金融イニシアティブ」を組成し、現在約50機関が署名している(21年5月時点)。

 この2~3年の海洋分野に対する投融資活動は、主に同原則・イニシアティブの署名機関が担っており、債券発行、ファンド設立、ベンチャー支援、ネットワーキングなど様々なプログラムや商品が徐々に増えている。

 日本国内の海洋経済はこれからどう動いていくのか。「グリーン」同様に産業や金融に大きな変革となるのだろうか。前述した14カ国のハイレベル・パネルは、20年12月、5つの主要分野(海洋の富、海洋の健全性、海洋の平等、海洋の知見、海洋のファイナンス)における30年までの目標とアクションを記述した文書に合意した。

 例えば「海洋のファイナンス」の目標は、全ての人に持続可能な海洋ファイナンスにアクセス可能であり、生態系的に持続可能でかつ社会的に公正な経済成長を促進させるものになっていること、となっている。

 海洋経済は広範なセクターから構成されるため、一管轄省庁だけではその推進を支え切れない。全国務大臣が参加するSDGs推進本部と同様に、横串の情報連携、アクション、民間や非営利団体との協働が必要不可欠だ。気候変動問題のようにリスクが顕在化する前に、ESG投資マネーが向かう投資先として、海洋経済に注目しておきたい。

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